漆器の文庫

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磁器はchina、漆器はjapanと言われています。以前は漆器も6200年前に中国から伝わったものとされていたようですが、今は北海道の南茅部町で出土した遺跡の中に多数の漆を使った装飾品や土器が見つかったため、9000年も前に縄文人が漆を使用していたということがわかったようです。12000年前に福井県で出土した漆の木のDNAから、漆も日本固有種であることがわかったそうです。(wikipediaより)

さて私の友人に漆器店を営む者がおります。私がファミリーヒストリーを本にまとめているという話をしたところ、その本を入れるのに漆器の文庫はどうだろうと提案してくれました。漆器なら長い間保管していても丈夫ですし、中に大切な思い出を保存しておくには最適な器だと思いました。

その漆器店は文京区にありますが、友人がお店で配布していたカードがこれです。ものを大切にする日本人の心があらわれているように思えて、いいですねぇ…

ホームページにはまだ掲載していませんが、印刷・製本した後、ご希望があればこの漆器の文庫に本をお入れします。

ホームページはこちら→ http://familyhistory.secret.jp

ファミリーヒストリーの裏側

美容院を経営している方から、今週の女性自身に「ファミリーヒストリー」について掲載されていますよ、というお話がありました。それではと読んでみたところ、今年3月に終了したNHKの番組「ファミリーヒストリー」の裏側についての記事でした。

番組を立ち上げたプロデューサーの小山好晴さんのお話。「義理の父が亡くなる間際に朦朧とした状態で語った、台湾と日本を行き来したドラマチックな生い立ちが、実に面白かった。それが番組を始めるきっかけでした。」しかし企画の段階で、有名人ではなくその家族の物語なので、「一般の人の家族史ではないか。そんなものにどれだけ視聴者の興味があるのか」とさんざん言われ、局内での風当たりも強かったそうです。

有名人の人選は、雑誌のインタビュー記事などから拾い上げた小さなエピソードから。ルー大柴さんは「祖父は満州で時計屋をやっていた」とか、浅野忠信さんは「おじいさんがネイティブアメリカンの血をひいている」とか、彼らが語ったことがきっかけとなったようです。1本あたりの制作期間は普通の番組よりも長い約3ヶ月から4ヶ月。まずは詳細な家系図を作成するところから始め、毎回出演者にプレゼントされたそうです。

番組そのものについては皆さんもご存じだと思いますが、反響を呼び、今でも視聴者から自分の家族の歴史を調べてほしいというお便りが届くそうです。残念ながらまだ再開の告知はありません。

http://www.nhk.or.jp/program/famihis/

ファミリーヒストリー記録社ホームページはこちら→ http://familyhistory.secret.jp 

交換日記

どうやら最近、交換ノートというものが流行っているらしいと聞きました。昔は交換日記と言ってましたよね。そしてノートは真っ白でした。ところが今は可愛い交換ノートがたくさん売っています。キティちゃんの交換ノートには、2-6人が交換できるように、プロフィールを記入する欄、気になるうわさ話は?とか、みんなに質問とか、○○ちゃんのここがすごい!といった枠があり、あまり悩まずに書き込めるようです。

http://www.amazon.co.jp/%E6%96%87%E6%88%BF%E5%85%B7-%E3%82%AA%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%B9%E7%94%A8%E5%93%81/dp/B005A0AIFW

小中学生用の文房具として販売しているようですが、若い人達の間でも普及しているとのこと。最近上映された映画「ぼくたちの交換日記」は芸人二人組の交換日記ですが、作者の鈴木おさむさん自身も、奥さんの森三中大島さんと交換日記を書いているとか。

LINEやSNSなどでネット上での交流がほとんどかと思っていましたが、ノートに文章を書いてお互いの気持ちを伝えあう習慣が復活していると思ったら、ちょっと心が温まりました。手書きの文字はなんだか違いますよね。

私もかつて書いていたことがありました...思い出すと、恥ずかしい~

ファミリーヒストリー記録社ホームページはこちら→ http://familyhistory.secret.jp/

6月16日~もうすぐ父の日~

毎年、母の日に比べると忘れられがちな父の日ですが、百貨店やスーパー、ネットショッピングなどでプレゼントが提案されていますね。ネットランキングではざっとこんな結果になっていました。

1位 酒の肴 お肉や全国各地の名物など

2位 ビールやお酒

3位 財布など小物

もらう方の気持ちとしては、「何でもいいよ、忘れられなければ...」と思うのか、「家族と一緒にいられることが幸せだよ」と思うのか、どうなんでしょうか?? 当事者のご意見をお聞きしたいですね(笑)。

私もずっと忘れていた方なのですが、父が高齢になってくると、毎年毎年が貴重な日に思えてきたんですね。若い頃のことを思い出し、思春期には口をきいてあげなかったとか、家を出てからは毎年の帰省も億劫だったこと、年をとってからは案外身近な話し相手になれることに気付いたこと...父はそう思っていないかもしれないけど、「お互い頑張って生きてきたねぇ」と言いたいくらい人生の戦友のような気持ちになったり。

そうか...、電話で話をするだけでもきっと嬉しいですね。プレゼントは付け足しでも。

さてさて、みなさんの父の日は??

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思い出の食事

大阪府東淀川にある「ホスピス・子供ホスピス病院」では、週に一度「リクエスト食」の日を設け、入所者の思い出の食事を提供しているとのことでした。これは昨夜のNHKクローズアップ現代で「人生のディナーを召し上がれ」という題名で取り上げられたテーマです。http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3351.html

管理栄養士さんや看護師さんが入所者に、食べたいメニューを聞くと同時に、そのメニューに関する思い出を聞き取っていくところから始まります。日本食の調理の経験のある調理師さんが、地元で手に入る素材を用いて、入所者の思う料理を作って提供していました。

貧しい中でも安くておいしいバッテラ(サバの押し寿司)が大好物だった方は、奥さんがそばで見つめる中、美味しそうに食べていました。若い奥さんを残していく食道癌の方は、いつも彼女と一緒に食べたすき焼きをリクエストし、畳の上で向かい合いますが、腸ろうのため豆腐を少し食べられただけでもずっと奥さんを気遣っていたそうです。

その他、初めて食べた白いご飯をリクエストした方にはお釜で炊いて、ちょっと硬めのお好み焼きの方にはその要望に応えて硬めに、ラッキョウ好きの方は一粒でも食べることができたり、お母さんが作ってくれたちょっとぱさぱさの卵焼きだったり、うな重、ハンバーグ、などなどいろんなメニューがありました。

食べ物の記憶は、いくつになってもその匂い、食感、見ため、味、その場の思い出とともによみがえってくるものだと思います。なかなかいい試みだなぁと思いながら、今回もテレビ番組のお話で失礼しました。結構テレビっ子です...(笑)

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Youは何しに日本へ

http://www.tv-tokyo.co.jp/youhananishini/

最近気に入って、よく見ている番組があります。成田空港や関西空港、千歳空港で、テレビ東京のスタッフが、外国人に突撃インタビューするというものです。番組名そのまま、何をしに日本に来たのか、どこの国から来たのか、もし取材がOKならば、日本滞在中の撮影をさせてもらうという、結構強引な番組構成です。

ただ、案外気楽にインタビューに答えてくれる外国人が多く、インタビュアーの変な要求にも応えてくれるのが、見ていて嫌味がなく、とても笑える番組になっています。

来日する理由で結構多いのが、日本人と結婚する兄弟がいて、その結婚式に参列するという外国人。留学や仕事、旅行ももちろん多いです。

番組の趣旨とは全然違うのですが、見ながら思ったのは、こうやって世界中の人々が交流して新しい家族を作っていくんだなぁということでした。

太古の昔から、気候変動によって移動する民族や種族、政治的交流、様々な理由で生きる場を変えていく。そんな移動してきた人たちと元々その地に暮らす人たちが、複雑に混じり合う遺伝子を作ってきたんだなぁと、そんなことを考えていました。

でもまぁ、番組は気楽に見ております。あ、残念。明後日はお休みのようです。ごめんなさい~

今のうちに家系図を作っておきましょう

知人の家系図を作成中です。とある町役場に申請書を送ったら5通の除籍謄本と1通の改正原戸籍謄本が送られてきました。さらに電話で問い合わせをするともっと古いものが現存するというので、再度申請しましたが、完成までとても楽しみです。

さて、現在私たちが入手できる戸籍は明治19年式戸籍(1886年施行)が最も古いものです。それ以降は明治31年式、大正4年式、昭和23年式、平成6年式コンピュータ戸籍という変遷がありました。2010年に戸籍法が改正され150年以上保存することになりましたから、明治19年式戸籍は2036年までは保存しておいてもらえるはずです。

ところが2010年以前はというと80年以上保存で良かったそうなんです。従って1970年から41年間、古い戸籍は破棄されてしまった可能性があるのです。つまり1930年以前の戸籍ですよね。それが「今のうち」の理由です。

送られてきた戸籍を見ていると、慶応、万延、天保などの年号が出てきて、さらにさかのぼっていけそうだったり、ある代では養子や養女を迎えていたり、名前のバリエーションも面白く、どこの地方から嫁に入ったかなど、いろんな歴史を想像してしまいます。

戸籍調査は1か所の町役場で済まない場合も多いので、手間ひまかかるものではありますが、時間に余裕ができたなら是非みなさんも試してみませんか?

※参考図書「なぜいま家系図を作るべきなのか?」監修岩本卓也(枻出版)

ちょっと鹿児島まで…

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写真はつい先日の、鹿児島は桜島の様子を撮ったものです。気温が25℃くらいまで上がり、少し霞んで見えます。新幹線の鹿児島中央駅からバスに乗り込み、バスごとフェリーに乗って、大隅半島の方に向かう船上での一枚。

ご高齢のみなさんのファミリーヒストリーをお聞きする時、戦争体験は人生において本当に記憶に残る、大きな出来事だったと思います。でもお話を聞く私たちには戦争体験がありません。そこで、鹿児島県鹿屋市の鹿屋航空基地資料館を見学してきました。

バス停を降りると道の南側は自衛隊の敷地となっており、木立の向こう側に資料館がありました。二式大艇がど~んと鎮座しています。資料館の周りにもP2V-7、R4D-6、US-1などの私には見たことも聞いたこともない飛行機が展示され、海上自衛隊航空の歴史を直接見られるようになっている飛行機公園があります。

資料館では、平成4年に鹿児島周辺の海岸で引き上げられた零戦二機から、一機の零戦が修復され展示されていました。「あぁ、これが話に聞くあの零戦...」操縦席が間近に見ることができ、エンジンや爆撃機もあります。真珠湾攻撃のための作戦が練られ、模擬訓練が行われたのも鹿児島。その傍らに特攻隊で帰らぬ人となった数百人の若者の写真や遺品、遺書などが壁一面に貼られていました。多くは大正生まれ、最も若い方で昭和4年生まれの青年たちです。

団体観光客が去った後の静かな館内で、ずっしりと重い歴史、その一端だけですが痛感して外に出ました。

当時の方も、あの晴れて霞む桜島を見ていたのかもしれませんね。

年長さんも話したがっている

先日、友人の年長さんの男の子の相手をしました。その子はどちらかというとインドア派で、図鑑をだまって何時間も見ているような子らしく、文字を覚えるのも早かったようです。かばんの中から一冊の本を取り出すと、ジャンとケンとポンが登場する海賊もののお話。私のために読み聞かせしてくれました。とてもすらすらと長い文章も平気で読んでくれました。
私は内心、この子なかなかすごいわぁと思いながら「ふむふむ」とひたすら聞いていました。 後で友人であるお母さんから「富美子おばさんに、うちに来てもらうの」と男の子が言っていたと聞き、一度会っただけなのにと嬉しくなりました。
子供だって相手に何かやってあげたいという思い、この男の子の場合は読み聞かせして喜んでもらいたいという思いがあったのでしょう。子供の、自分でやりたいという気持ちを奪ってはいけないということですかね~。

とはいえ、毎日子育てしているお母さんにとってはそんな余裕はないですっ!!と怒られそうです。
ファミリーヒストリー記録社は、シニアの皆さんだけでなく、年長さんのお話も丁寧に聞き取ります...ではなく、単に「孫は可愛い」と感じる、そんな年齢的な問題だったかもしれません。お婆ちゃんの独り言...(苦笑)。